鬼滅の刃にみる福祉のあり方~【施設長の独り言シリーズ(障害者施設)】~
社会福祉法人 ひふみ会

劇場版鬼滅の刃 無限城編
※軽いネタバレも含みます
鬼滅の刃の映画を見てきました。
何年も前に漫画を読んでいたのですが内容はすっかり忘れていてほぼ初見のような感じでした。
映像の綺麗さや迫力、内容にすっかり引き込まれあっという間の3時間でした。
今回の映画の主軸となる敵キャラクターの猗窩座(アカザ)という鬼ですが単なる悪ではありません。鬼滅の刃に出てくる鬼はほとんどが、悲しみや孤独、貧困や病、暴力といった社会の歪を抱え、その果てに鬼となった元々は人間です。
遊郭で生まれ育った妓夫太郎(ギュウタロウ)と堕姫(ダキ)の兄妹は生まれた時から醜く、貧しく、生きる価値がないと言われ続けた人生でした。
猗窩座(アカザ)という青年も幼少期から父親の看病をし、父親の薬代を捻出するためにスリを行い、捕まらないために強さに固執しました。
このように、社会に居場所をなくした時、目の前に現れた鬼の首魁、鬼舞辻無惨(キブツジムザン)に
「鬼になれば苦しみから解放される」「お前のような才能を持つものが人間である必要がない」と唆され、鬼として生まれ変わります。
このように彼らが鬼になった理由は、本人の選択というよりも社会からの排除や居場所のなさ、希望の喪失が大きく影響しています。
この構図は、現代における福祉の現場でも見られる光景だと思います。
虐待を受けて育った子ども、家庭や地域と繋がりを絶たれた若者、障がいを持ち社会から排除されてしまった人。
自分たちはそうした人たちと日々向き合っています。
鬼たちは鬼舞辻無惨という存在に救いを与えられているようで、実際には操られ道を失い、自我をすり減らしていきます。
これは支援の在り方を間違えた時の福祉の落とし穴とも重なります。
管理や効率を優先するあまり、本人の意思や生活の質を奪ってしまうケースがあるのです。
しかし、物語にはそんな鬼たちに寄り添おうとする人も描かれています。
主人公の竈門炭治郎は、敵である鬼に対しても人間だったころの苦しみを想像し、涙を流します。
福祉に携わる自分たちも、目の前の行動や障がいの有無だけでなく、そこに至る背景や想いに想像力を持ちたい。
その人がなぜそうせざるを得なかったを理解することから支援の一歩は始まります。
私たち福祉の専門職ができるのは「鬼にならなくていい世界」を作る事。
一人ひとりが生きづらさを抱えながらも誰かと繋がり希望を持って生きられる。
自分も社会福祉法人ひふみ会の福祉バカ柱としてそんな社会を目指して仕事をしています。
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